箱館奉行所の復元
Revival of Hakodate magistrate's office五稜郭の築造からわずか7年で解体された後、時を越え、現代に甦った箱館奉行所。20年以上におよぶ復元への歩みをふりかえります。
五稜郭・奉行所の整備と復元への歩み
五稜郭の完成から約150年を経て、築造当時の状況を伝えるものは、土塁・石垣、堀割、アカマツ、1棟の土蔵(兵糧庫)のみとなっていました。また、奉行所庁舎はわずか7年間しか存在せず、箱館戦争という歴史エピソードの舞台となったこともあり、一般的な五稜郭のイメージは「戦場」「軍事施設」となっていました。
しかし、実態は異なり、(当時の日本では)最新の城郭として築造された五稜郭でしたが、箱館奉行所ではもっぱら蝦夷地統治にかかわる業務がおこなわれていました。さらに、五稜郭は外敵への防備の一方で函館山のふもとの市街地からも比較的近い場所にあり、統治の便が配慮されていました。
また、開港地である箱館には、外国人が数多く上陸し、領事館など諸外国の居住地が隣り合っていました。そこで五稜郭および箱館奉行所には、日本を治める幕府の政庁としての威信が求められたはずです。
このような国の特別史跡・五稜郭跡の歴史的意義や価値を伝えるには、奉行所の復元をふくめた整備が必要であると考えられてきました。五稜郭および箱館奉行所は、江戸幕府が直接かかわって築造し、さらに幕末から近代へとつながる史跡であることから、多くの資料が存在すると考えられました。また、奉行所が取り壊された後も、五稜郭は積極的な活用はされず、公園として一般開放されましたが、国の史跡として厳しい開発規制がかけられていたために、石垣、土塁もよく保存され、遺構も残存することになり、復元への期待が高まっていきました。
図書館・博物館が収集・保存してきた膨大な古文書、絵図面

(函館市教育委員会所蔵)
昭和58(1983)年ころから、奉行所をふくめた五稜郭全体の復元整備をめざして、市立函館図書館(現 函館市中央図書館)・市立函館博物館などに保存されている関連資料の調査が始まりました。函館図書館は、岡田健蔵が私費を投じて設立した当初から郷土資料を精力的に収集しており、五稜郭や箱館奉行所に関する貴重な資料が収蔵されていました。
昭和59(1984)年からは、幕末・明治にかけての行政資料を多く所蔵する北海道立文書館・国立国会図書館・東京大学史料編纂所などで調査を始め、五稜郭全体の平面図絵、箱館奉行所の庁舎平面図、奉行所の古写真など、五稜郭・箱館奉行所の築造に関する重要な資料を発見しました。
遺構の発掘調査で絵図面の正確さが判明
文献資料の調査と並行して五稜郭内の発掘調査が実施され、奉行所庁舎の遺構が良好な状態で保存されていたことが確認され、同時に文献資料の精密さも確かめられていきました。五稜郭の平面図(設計図)からは、武田斐三郎の当初計画よりも、規模が縮小されていった変遷を知ることができました。
奉行所庁舎の平面図からは、柱の位置や部屋割りを詳細に読み取ることができ、さらに遺構からは確認できない2階部分の間取りや各部屋の名称なども知ることができました。実際の発掘調査によるデータと照らし合わせ、絵図面の縮尺割合も正確であることが確かめられています。
また、奉行所を取り囲むように五稜郭内に配置された付属建物、五稜郭北側の役宅の区画割りなども解明されました。「箱館亀田一円切絵図」に現在の地図を重ねると、住宅区画・道路・松林(風致保安林)など、わずかに現存している五稜郭周辺の痕跡と重なり、絵図面の精度の高さがわかります。
復元の決め手となった古写真
箱館奉行所を復元するにあたり、重要な役割を果たした資料のひとつに古写真があります。
パリの骨董店で見つかった手札サイズの古写真は、裏に「二条御城」と書かれていましたが、調査により慶応4(明治元=1868)年ころに撮影された箱館奉行所の写真と判明。解像度の高い画像で、屋根瓦の枚数を数えることができました。五稜郭から出土した当時の瓦の大きさと古写真から読み取った瓦の枚数から、奉行所の正確な大きさを算出することができました。
また、写真は奉行所正面の南西側ほぼ斜め45度から撮影されており、透視図法の手法を応用した写真解析により、精密な設計を行うことができました。平面図や文献資料だけでは、奉行所の大きさ・高さ、例えば軒の反り具合や懸魚の意匠などを詳細に復元することができなかったはずです。これは北海道における写真発祥の地である函館らしいエピソードと言えるでしょう。
全体の1/3規模の復元へ
箱館奉行所は、かつてと同じ場所に復元されています。つまり、建物の真下には、当時の遺構が残っているわけです。特別史跡である五稜郭では、土地を改変することが原則認められていません。そのため、遺構を保護した上に厚さ25センチメートルのコンクリート耐圧版を敷き、それを基礎としています。
箱館奉行所の復元は、五稜郭の史跡としての整備であることから、歴史的資料に基づいた復元を行わなければなりません。つまりいい加減な復元はできないのです。
また、完成後は内部を公開することから、建築基準法・消防法に適合した建物とする必要もありました。
そのため、古写真に写っている建物正面を中心とした範囲で、建物全体の1/3となる1,000平方メートルを復元することになりました。




